歴史

Posted on January 1th, 2007 by Author

元々は萬昌院という寺と功運寺という別々の寺であったが、1948年に合併してできた寺である。萬昌院は山号を久寶山(くほうざん)といい戦国武将・今川義元の三男、今川長得が1574年に仏照円鑑禅師を招き江戸・半蔵門近くに開いた寺であった。その後市谷田町、筑土八幡町(いすれも現在の新宿区)と幾度かの移転を経て1914年に現在地に移転してきたが、1917年に火災により本堂・書院などが焼失してしまった。 一方、功運寺は永井尚政によって開かれた寺で、山号は竜谷山(りゅうこくさん)。1598年に尚政の父と祖父のために黙室芳誾禅師を招き、江戸・桜田門外で開いた寺である。その後三田(芝三田功運町)に移り、1922年に当地に移転してきた。その後戦後の1948年に萬昌院と功運寺が合併し現在に至っている。本尊は、釈迦如来坐像。

Filed under Uncategorized | 1 Comment »

墓地

Posted on January 1st, 2007 by Author

高家筆頭・吉良家の墓…この中に元禄赤穂事件(忠臣蔵)の斬られ役として有名な吉良上野介の墓がある。(吉良上野介の墓は自身の領地であった愛知県吉良町の華蔵寺にもある)吉良家は萬昌院を開いた今川家から嫁を迎えるなど親戚関係であった縁から、当寺に墓がある。 今川家の墓…萬昌院を開いた今川長得などの墓がある。 永井家の墓…功運寺を開いた永井尚政などの墓がある。 水野重郎左衛門の墓…江戸時代の旗本。 歌川豊国の墓…江戸時代の浮世絵師。 林芙美子の墓…『放浪記』『浮雲』などで知られる戦前に活躍した女流作家。 1960年までは当寺院内に江戸時代の町奉行・大岡忠相の墓もあったが、大岡家の菩提寺であった神奈川県寒川町の浄見寺に移転した。 なお、杉並区今川の観泉寺にも今川長得の兄である今川氏真など今川家の累代の墓所がある。

Filed under Uncategorized | 1 Comment »

リンク1

リンク2

    リンク2